独立系ソフトウェアベンダー大手ジャストシステムが産業用センサーの最大手キーエンスによって買収されることになった。持ち株比率は43%超程度とはいえ、株主総会における拒否権も持ち、筆頭株主となって、企業会計上は持ち分適用会社扱いになり、実質上のオーナーである。
一方で、Googleはマイクロメッセージング、マイクロブロギングの先端を走るTwitterを買収しようとしている(*)。ウワサの段階だが、交渉で言及されている買収価格(あるいは評価価額)は10億ドルに達するらしい。随分安いな、と思ってしまう自分であるが。
この二つの動きは実は同じベクトルに向かっているのが解るだろうか。
「センサークラウド」である。
サーバーサイドのクラウドコンピューティングから、次はクライアントサイド、それもいままでのクライアントという範疇を通り越して、さらにさらに粒度が小さいセンサーレベルのクラウドコンピューティング時代が始まろうとしている。
サーバーサイドの「クラウドコンピューティング」をマーケティングバズワードにする様々な試みが2008年の金融危機勃発までは行われていた。この動き自体は少なくともマーケティング活動上は企業向けIT需要が減衰した今の状況下において、大きく採り上げられることが少なくなったが、「クラウドコンピューティング」という趨勢のベクトルは、Googleを遡るYahoo!なる検索大手が世の中に登場したときから、またAmazonという通販大手がインターネット上に登場してその後Amazon AWSでコンピューティング資源をネット上で提供するようになってから、いやその遙か前の時代にTCP/IPがARPAネットで交わされるようになって以来ずっと、Sun Microsystemsの創設者曰く「The Network is the Computer」としてひたすらに進んできた。サーバーサイドのクラウド化は少なくとも止められないし、停まることもない。ブロードバンド技術の浸透によって、クラウド化、コンピューティング資源のネット空間への移行、移譲は今後も進み続けるだろう。
で、では、クライアント側はどうだろうか。クライアント側、それもクライアント側PC端末とかローカルネットワークとか、モバイルPCとか WiMaxとかその粒度で関心に上がっているものはまだいい。これらは放っておいても企業、個人が進めるだろう。しかし、これらよりも更に小さい、クライアント(端末)の中でも最小粒度となるセンサーはどうだろうか。
ここがいまは最大の真空域である。データを生み出す「センサー」にこそ、ネット空間に接続される価値があるというのに。ネット空間から利用できるようになる潜在価値が埋もれているというのに。
GoogleがTwitterを買収する動機の一つが、彼らが集めまくっているネット空間上のテキストデータを考えた場合に、それが発生する場所としてマイクロブロギングがある、という考えだ。個々のTwitterユーザーが政府の行動について、有名人の発言について、テレビドラマのストーリーについて、スポーツ試合の結果について、地震大事故発生について、企業戦略について、商品について、さまざまなつぶやき、つまり「コメント」「速報」「ウワサ」、そして「リーク」を述べあっている。この微細な、ネット空間から見れば「センサー」とも言えるTwitterユーザーが捉える「微動」、まさしく「マイクロログ」が政府・政治にとって、企業にとって、一般大衆のマスな行動にとって、個人の意志判断にとって、今後大きな経済的、政治的、あらゆる価値を持っていく、持たせることが出来る、という信念だ。その意味でTwitterとはネット空間にばらまかれた「センサークラウド」なのである。
「センサークラウド」はこれからの「The Network is the Computer」を考える上でとても重要な概念になる。GoogleがTwitterを買収する動機も、テキストデータの「センサークラウド」を獲得しようとしているところにある。
この「マイクロログ」をセンサークラウドから集めることをテキストデータだけではなく、数値データにまで範囲を広げたらどうなるか。IPv6によって、個別のクライアント端末、クライアント制御機器というレベルではなく、さらにその末端につながる周辺機器、センサーというレベルの端末までがネット空間に直接接続できる、接続されるようになるという時代、これを考えることは無意味ではない。
産業用センサーはいままで閉じたシステムの中にあって、システムの仕様にもとづいて、そのシステムが必要とするデータを集めるだけのために取り付けられてきた。ところがこのセンサーデータは決して固定化されたシステムの中に閉じている必要性はかならずしもない。例えば、昨今では気象データはさまざまなセンサークラウドから提供されているデータをネット空間で一般ユーザーであっても広く利用することが出来る。気象・雷雲レーダーの画像、降雨センサー、風向風量センサーのデータ、河川水位測定センサーのリアルデータ。こういったものが日本でも気象庁や国土交通省、東京電力のサイトから利用できるようになっている。
更にはいまだライブデータではないがGoogleの悪名高き「ストリートビュー」は街の画像をネット上のどこからでも参照できるようになっている。現状ではセンサークラウドではなく、カメラを搭載したクローラーが走り回って街角の画像データを集めてきたようなカンジである。これもそのうち衛星画像を使って (Googleは独自に民間衛星会社と衛星の利用契約を締結)、あるいは(プライバシー問題は常にこのシステムにはつきまとうが)街角の監視カメラと接続されたりもしてライブデータが取れるようになるかもしれない。
これらのセンサークラウドが集めたデータはそのセンサーを取り付けた(走り回させた)主体の想定を越えるところで利用価値が生まれている。例えば「ストリートビュー」は東京近郊の不動産仲介業のオペレーションモデルを大きく変えてしまった。もはや仲介物件の外観下見は仲介業者も物件を賃貸する契約予定者も事前にストリートビューで確認ずみなのである。周辺環境や外見でハズレの物件はフィルタリング済み、つまりいままで行われていた仲介業者や契約予定者が現地に出向いて行うことになっていた物件下見の半分以上は現地に出かけることもなく完了なのである。これによって契約希望者の手間は大幅に削減され、仲介業者が1日に処理できる案件の件数は膨大に増加できるようになった。
気象レーダー、センサーのデータも昔は行政の「関係者」(それも多くは事態に直面している肝心の関係者ではなく、どうでもいい別部署の設備担当者だったり)のみが知ることが出来た。しかしいまは例えば雷雲のデーターを直接リアルタイムでネットで誰でも確認できる。自分の話になるが、ここ数年土砂降りの雷雨に遭ったことなどない。雷雲の分布を予めネットで確認して事前にその発生時間帯には行動を変更するからである。防災面からもこれらのデータは行政関係者だけではなく、地域防災担当者、一般市民に広く利用されるようになれば、計り知れない人的生命、財産価値を守ることに貢献していくだろう。
このようにして、センサーが集めたデータを広くネット上で利用できるようにし、そのデータをアクセス可能な形にするためインターフェースを構築していけば、新しい情報価値がいくらでも生み出せる。
企業がもつ内部に閉じたシステムのセンサーとて、同様である。企業機密などのセキュリティの問題がある故、インターネット上に広く、というワケにはいかないだろうが、企業内プライベートクラウドを構成する複数のシステムから共有してアクセスできるセンサークラウドのデータがあれば、設備投資効率と運用効率は著しく向上する。なにしろいまはシステムにひとつずつセンサーを専用、独立で冗長に取り付けまくって連動すらしてこなかったのだから。それがなにをもたらすかは、某国のミサイル監視システム大誤報事件でも明らかな通り(笑)。その一方で日本最大のプライベートセンサークラウドを作り上げたセコムがセキュリティサービスの提供でどれだけのバリューを生み出したかも。
さらに大きな風呂敷を広げるならば、昨今の関心であるCO2削減や資源の有効利用にも確実に貢献するだろう。センサークラウドから得られたデータを基にスマートグリッドを駆使して都市全体の最適化を目指すことだって出来る。スマートグリッドそのものではないが、すでにIBMはストックホルムでCO2排出を削減する都市最適化プロジェクトに成功している。
GoogleのData Setという動きをご存じだろうか。ネット上であらゆる情報を集めると宣言しているGoogleが、今度は公共で公開されている統計データや生データをデータベース化して、それをネット上のどこからでもコンピューティングリソースとして利用できるようにするというものである。この動きは実はまだ初動的なものであって、次はData Setへの直接なインプット、それも望ましくはリアルタイムでのインプットとなる「センサークラウド」が必要になる。人が集めたデータを偶発的に事後的に蒐集(収集)=ボットでクロールしているだけでは足りなくなるのが明らかだからだ。
Twitterなるテキストデータのセンサークラウドを買収するのもまさしくこれが動機だ。
そしてGoogleにとっての次はテキストデータ以外の、データベースに抱えられるデータとしてはテキストデータを遙かに超える容量と多彩さを持つ、センサーデータがセンサークラウドのターゲットに入る。
ただしセンサーデータは数値そのままでは解る人にしか解らない。いやむしろ解る人であってもセンサーデータが膨大に存在しているだけでは手に負えない。何らかの形でセンサーデータを咀嚼する処理アルゴリズムが必要になる。つまり数値データであってもテキストデータであってもセンサークラウドから上がってきた生のデータに対して、何らかのセマンティクスやタギングを付けていかなければならない。
さあ、そのカギを握る技術を持つのは誰になるのだろう。
センサー会社がセマンティクス、タギングに延々と取り組んできた会社を買収した。
「センサークラウド」が始まった。
Yahoo!やGoogleが、あるいはCiscoがセンサークラウド用スマートセンサーの開発企業を買収する時代はくるだろうか?*4/6追記。GoogleによるTwitter買収観測については、とりあえずTwitter側から否定の公式発表あり。

